第32回三方限古典塾(09.6.18)
  佐藤 一斉(1772〜1859)「言志四録 (その25)」
 人は恥無かる可からず。又(くい)無かる可からず。悔を知れば則ち悔無く、恥を知れ
  ば則ち恥無し。                        言志晩録240
(意訳)人は恥を知るということが大切である。また、悔い改めることも必要である。悔い
     改めることを知っておれば、悔い改めるようなことはなくなるし、恥を知ることを知って
     おれば、恥じるようなことはなくなる。
(余説)人が「恥を知る」とはどういうことか。それについて先賢は「人が現実に留まらず
     に高いもの尊いものを求める『敬の念』あるところに、相対的に自己の現実を顧みて『恥
     じる心』が起こる。」と述べています。名を惜しみ名誉を重んずることでもあります。
     ルース・ベネディクトは「菊と刀」で、何か悪いことをしたときにそれを「恥」として
     意識する日本文化と、「罪」として受け容れる西洋文化とを対比させています。
耋録 「恥ず可からずを恥ずること勿れ。恥ず可きを恥じざること勿れ。」
老子 「人以て恥なかるべからず。恥ずることなきを恥ずれば恥なし。」
日新公いろは歌 「ほとけ神 他にましまさず 人よりも心に恥じよ 天地よく知る」
西尾幹二 「羞恥は人間の魂の最も深い奥所に触れ、人間性の基本に関わる心の働きである。」
 人は苦楽無き能わず。()だ君子の心は苦楽に安んじて、苦あれども苦を知らず。
  小人(しょうじん)の心は、苦楽に(わずら)わされて楽あれども楽を知らず。      言志晩録242
(意訳)人は誰でも苦楽がないことはない。ただ、よくできた人は、苦楽にも心を安らかに
     して、苦があっても苦しむことはない。ところが器量の小さい人は、苦楽に心を悩ませる
     ので楽があっても楽しむことがない。
(余説)私ども凡人であれば、苦しいときはやはり苦しいものです。ただ、その苦しさをど
     う受け止めて乗り越えるかぐらいは工夫精進できそうです。また、小さい楽しみを見逃さ
     ないように心掛けることもできるかも知れません。「忙中閑あり、苦中楽あり」「春には春
     の生き方が、冬には冬の生き方がある」とも聞きます。
日新公いろは歌 「楽も苦も 時すぎぬれば跡もなし 世に残る名を ただ思うべし」
安岡正篤  六中観「忙中有閑・苦中有楽・死中有活・壺中有天・意中有人・腹中有書」
言志後録 「順境は春の如し、出遊して花を観る。逆境は冬の如し、堅く臥して雪を観る。
       春は固と楽しむべし。冬も亦悪しからず。」
曾野綾子 「不幸を敏感に感じ取れる人は、幸福を感じる取るにも敏感である。」
 人各々長ずる所有り、短なる所有り。人を用いるには(よろ)しく長を取りて短を()
  べく、自ら処するには(まさ)に長を忘れて以て短を勉むべし。     言志晩録244
(意訳)人にはそれぞれ長所と短所がある。人を使う場合、その長所に注目し、短所は見な
     いようにするのがよい。しかし、自分が何かをなす場合には、自分の長所は忘れ、短所を
     補うように努力するのがよい。
(余説)他者の短所は見るなといっても、ある職責を果たすのに致命的な短所であればそう
     はいきません。また、自分の場合でも「その長所を大切にして生かし伸ばすべきだ。短所
     を補い改めるのはなかなか難しい。」とその反対の声もあります。自他共にあら探しをし、
     欠点を取り除こうとしてよくなったためしがありません。結局、私自身の欠点もこの年齢
     にして何等改まっていません。死ぬまで直らないのが欠点でしょうか。
広瀬淡窓 「鋭きも鈍きも共に捨てがたし 錐と槌とに使ひ分けなば」
文章規範 「尺も短きところあり。寸も長きところあり。」用い方で善し悪しが決まる。
菜根譚  「人の短処は曲に弥縫を為すを要す。如し暴きて之を揚ぐれば、是れ短を以て 
       短を攻むるなり。」 (弥縫:とりつくろうこと。)
言志後録 「人は各能あり。器使すべからず無し。一技一芸は、皆至理を寓す。」
       (人にはそれぞれ違った才能がある。それにそれぞれに使う途がある。)
徒然草  「多能は君子の恥ずるところなり。黄金(こがね)はすぐれたれども、(くろがね)の益多きにし 
       かざるがごとし。」(黄金は貴金属なるも、固い刃や丈夫な機械は作れない。)
正法眼蔵随聞記 「只其の人の徳を取て、失を取ること勿れ」
 己れの長処を言わず、己れの短処を()せず。(よろ)しく己れの短処を()げ、虚心以て(これ)
  を人に()うべし。可なり。                    言志晩録245
(意訳)自分の長所は人に言わない。また、自分の短所をかばって弁解などしない。むしろ
     自分の短所を明らかにし、ありのまま素直にみんなに相談するのがよい。
(余説)己れについて最もよく知るは自分、反面最もよく知らないも自分ですから、これく
     らいの心がけでバランスがとれるのかも知れません。
     己れの長所・短所を他者にどう処するか、いかにも日本人的潔い美点ではあります。し
     かしながら、西欧化された現代の競争社会の中で、それで生き延びることができるのか疑
     問です。己れを主張し、能力や存在感を示すことも必要な時代のようです。当然ながら、
     その中には一定の節度は求められます。
呻吟語  「悟とは吾が心なり。よく吾が心を見ればすなわちこれ真の悟なり」
正法眼蔵 「仏道を習ふといふは自己をならふなり」
徒然草  「おのれを知るを物知れる人といふべし」